2020年08月23日

JSSPM第59回例会(会員限定・オンライン)2020年9月13(日)「自筆譜の重要性〜アルベニス晩年の傑作《アスレホス》の正しい音と指使い考察」担当:不破友芝

JSSPM会員の皆様

オンライン例会のご案内です。

*JSSPM会員対象 限定イベント
【JSSPM 第59回例会 2020年9月13(日)14:00-15:00‬ - オンライン】
担当:不破友芝(当学会理事)

「自筆譜の重要性〜アルベニス晩年の傑作《アスレホス》の正しい音と指使い考察」

アルベニスは組曲『イベリア』を完成させた後に、「ナバラ」と「アスレホス」という作品を未完で残しました。「アスレホス」は友人のグラナドスに託され、完成部分の2倍を超える長さの堂々たる傑作に仕上がりました。しかし、現状この曲の高い価値に比べ、演奏される機会が少ないことが問題だと考えております。

原因は2つあると考えられます。第1の原因は、そのままでは演奏が困難であることです。『イベリア』の「ヘレス」に勝るとも劣らない複雑な手の交差を要求されるため、そのまま演奏するとかなりの難しさとなります。これを回避する楽譜は1つ出版されていますが、『イベリア』『ラベーガ』『ナバラ』『アスレホス』が1冊となり高価である点が問題です。

第2の原因は、正しい浄書譜が出版されていないこと。手元には9種類の出版譜がありますが、正確なものは見当たりません。これは、アルベニスとグラナドスによる自筆譜と、出版に向けて作成された手稿譜にあまりに多くの差が存在することによる混乱が、尾を引いていると考えます。

そこで今回の例会では、まず正しい楽譜を作ること、そして、演奏しやすい指使いを考えやすい楽譜を作って、皆様と演奏しやすい運指について検討できればと考えております。

参加する皆様におかれましては、可能であれば「アスレホス」の運指(最低でも15小節までは)・メロディラインを考えておいていただきたいと思います。また、ピアノを演奏されない方に関しましては、手書き譜から楽譜を作成することの難しさを体感いただける例会になると考えておりますので、ご興味がございましたら、ご参加ください。

「アスレホス」の楽譜がお手元にない方は、こちらをダウンロードしてご使用ください(第2版です):
http://ks4.imslp.net/files/imglnks/usimg/8/83/IMSLP01147-Albeniz_azulejos.pdf

例会で紹介する楽譜については拙HPをご参照ください:
http://iberia.music.coocan.jp/column_gakufuhikaku_albeniz.htm

お申し込みの会員の方に当日の例会オンラインのための招待リンクをお送りします(ZOOMを予定)。オンライン例会については、会員のみ対象の非公開例会となりますので、ご興味がある方は、この機会にご入会ください。

どうぞ会員の皆様のご参加をお待ちしております。

スケジュール:
2020年9月13日(日)
14:00〜15:00:例会+質疑応答
参加料: 無料(JSSPM 会員対象)
posted by 学会 at 18:03| Comment(0) | 講座

2020年08月15日

JSSPM第58回オンライン例会 2020年8月23日(日)「デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)の円熟期の作品《セルダーニャ》(全5曲)におけるアルベニスからの影響について」担当:深尾由美子

2020 年 8 月 23 日(日) 17:00〜18:00 @オンライン配信 zoom meeting

テーマ:《デオダ・ド・セヴラック(1872-1921)の円熟期の作品《セル ダーニャ》(全 5 曲)におけるアルベニスからの影響について》
担当:深尾由美子(当会正会員)

フランス近代の作曲家セヴラックは、1896 年、パリに設立されたばかりのスコラ・カントルム音楽院でダンデ ィやシャルル・ボルドらから指導を受けると同時に、この音楽院に集まったアルベニスを始めとするスペインの 音楽家たち、さらにドビュッシー、デュカ、フォーレ、シャブリエといった当時のフランス音楽を代表する音楽 家たちとの交友関係を持ち、彼らから多くの刺激を受けて創作をおこないました。

なかでもアルベニスは、セヴラックに最も大きな影響を与えた作曲家でした。

そのことは、セヴラックの《セルダーニャ》、《夾竹桃の下で》といった円熟期から最晩年の作品のなかにはっ きりと見て取ることができます。

アルベニスは 1898 年 1 月から約 6 か月間、スコラ・カントルム音楽院のピアノ科教授エドゥアルド・リスレ ールの代講教員として、セヴラック他の若い音楽家たちにピアノを教えました。アルベニスはセヴラックの才能 と即興演奏の腕前を高く評価し、いつしか二人は師弟関係を越えて親しい友人となり、この友情はアルベニスが 亡くなるまで続きました。

アルベニスは、セヴラックが南仏ラングドックの故郷からインスピレーションを得て《ラングドック地方にて》 (全5曲、1903-04)を作曲した、その「姿勢」に感化されて《イベリア》(1905〜08)の作曲を決意しました。 そしてセヴラックは、アルベニスの《イベリア》に感動し、大きな影響を受けて《セルダーニャ》(1908-11)を 作曲しています。

今回は、セヴラックの《セルダーニャ》のなかに見られる、「アルベニスの影」と、アルベニスを通して喚起さ れたイベリア半島の歌とリズムの受容についてお話させていただきます。
PDF にて資料を制作致します。当日までに協会からメール添付で配布予定です。

また、セヴラックの《セルダーニャ》の楽譜は imslp の以下のサイトより入手可能です。

http://conquest.imslp.info/files/imglnks/usimg/5/5e/IMSLP06080-Severac_-_Cerdana_(piano).pdf

お申し込みの会員の方に、当日の例会オンラインのための招待リンクをお送りします(ZOOM を予定)。オンライ ン例会については、会員のみ対象の非公開例会となりますので、ご興味がある方は、この機会にご入会くださ い。ご入会については、公式サイトをご覧ください。
posted by 学会 at 14:06| Comment(0) | 講座

JSSPM第57回オンライン例会 2020年7月19日(日)「対談・フリートーク」担当:熊本マリ・濱田滋郎

7月19日(日) 17:00-18:45 JSSPM総会と第57回例会が、オンライン(Zoomミーティング)にて行われました。

総会では2019年度の活動報告、2020年度の活動予定、決算などが報告されました。その後、普段はなかなか顔を合わせることのできない海外在住の会員からの近況報告があり、バルセロナの比石妃佐子さんや鈴木羊子さんからは、現地では前日から再びロックダウンになったが日常生活は普通に行えている、とのお話がありました。オランダ在住の川口成彦さんは、現在コンサートなどのために日本に帰国中ですが、またいつオランダに戻れるのかがわからないとのこと。コロナの影響で音楽家達の活動が制限されていることがとても残念ですが、彼らの明るい表情を見て日本の会員達もたくさんの元気をもらいました!
総会に引き続き、第57回特別例会「熊本マリ(当学会理事)&濱田滋郎(当学会顧問)対談」が行われました。多くの作曲家、演奏家との交流があるお二人の対談は、1時間近く途切れることなく楽しく盛り上がりました。その中からいくつかのお話をご紹介させていただきます。

− フェデリコ・モンポウ −
10歳から7年間スペインで過ごした熊本マリさんは、14歳の頃、アリシア・デ・ラローチャがリサイタルのアンコールで演奏した曲にとても感動し、20歳の誕生日に友人が贈ってくれたラローチャのレコードの中に偶然その曲を見つけ、モンポウの「Secreto(秘密)」ということがわかり、再びの感動が「モンポウの作品を広めたい!」という原動力になったそうです。その後、世界初のCD「モンポウ全集」やモンポウの伝記の翻訳など、数々の素晴らしい成果を上げられました。

濱田滋郎先生は、1984年の1月6日に90歳過ぎのモンポウとバルセロナの自宅でお会いすることができたとのこと。玄関にはモンポウ作品の音色の鍵でもある鐘があり、彼の顔は一生を賭けて自分の音楽を追究していた聖人のようで、頭の上に光の輪が見えていたそうです。常にカルメン夫人(後に日本のモンポウ・フェスティバルにも招かれました)が寄り添いながら会話を続けていましたが、モンポウ自身が言った「私は仲間の作曲家のように賑やかな音楽は書けなかった。私は自分の道を歩む他なかったのです」との言葉がとても印象的だったとのこと。これには熊本さんも、「今の時代、いろいろな情報はあるけれど、自分の心に従って音を選ぶということが大切!」と話されました。

モンポウのユーモアを感じさせる一面としては、濱田先生が贈った日本の和紙で作られたカレンダーを見て「東の賢人からのプレゼント!」と、とても喜んだそうです(キリストの誕生を祝って東方の三賢人が贈り物を持ってきた、との所以から、1月6日はスペインではクリスマスプレゼントを贈り合う日)。
一つ、先生から皆さまにも知っていただきたいこととして、モンポウ(Mompou)の発音で日本ではMomの部分にアクセントを付けてしまいますが、現地では後ろのpouの方にアクセントがあるそうです。当学会でも気をつけていきたいと思います!

− アリシア・デ・ラローチャ −
次に、熊本さんがアリシア・デ・ラローチャとの思い出を語られました。マドリッドでホアキン・アチューカロの奥様とも一緒に会食をなさったのが初めてで、その後はNYのジュリアード音楽院時代のルームメイトがラローチャのお嬢様と仲良しだったことから交流が続き、日本に帰国してからはお友達のように、ラローチャが来日した時にはいつも一緒にお食事をなさったとのこと。

1967年から2004年まで、ラローチャが来日する度にインタビューなどで呼ばれてお会いしたという濱田先生は次のようなエピソードを話されました。ラローチャはご主人が亡くなる直前に、彼が大好きだったシューベルトの最後のソナタD960を録音、「その曲を聴きながら彼は眠るように亡くなった」と、しんみりと語ったそうです。一方、来日の際しゃぶしゃぶを食べに行き、先生が食べ方を説明しようとしていたらラローチャは生肉を食べていた!ということもあったそうで、あの生き生きとしたリズムの演奏は生肉から生まれていたのでは?!との楽しいお話もありました。

− グレン・グールド −
例会後半では、熊本さんのグレン・グールドとの出会いについてお話がありました。15歳の時に、友人とその家族がカナダのトロントでクリスマスを過ごすので一緒に行こうということになり、トロントに着いてからグールドに「レッスンを受けたい!」と直接手紙を出したそうです。(オタワの国立図書館には熊本さんからグールドに宛てた手紙が2通保存されているとのこと!)スペインに戻る前に、人嫌いで有名な彼と奇跡的に会うことができ、「手紙は読みました。今は話せないけれど後で連絡します」と言われ、マネージャーの方からの電話でグールドからの次のようなメッセージを受け取りました。「私は誰の演奏も聴いたことがない。誰の演奏を聴いて判断をするようなこともしない。自分を信じて自分の才能を作ること!」
熊本さんは、周囲からはまだ若いと言われながらも28歳でバッハのゴールドベルク変奏曲を録音した時にこのグールドの言葉を思い出し、「今の自分を表現したい!」と強く感じて、こどもたちや学生には「自分の(心の)声を大切に。自分が何をしたいんだということ。自分が強くならなければ、いくら先生についていても何にもならない」と今もお話されているそうです。

お二人の対談は大好評で特別例会は大変素晴らしいものとなりました!今のような時代に、「自分を信じる」ということはとても困難ではありますが、私たちが音楽を学ぶ上でとても大切なメッセージをいただいたと思います。

レポート:日裏晶子(当会理事)
posted by 学会 at 14:01| Comment(0) | 講座